不思議すぎる。

いろいろ考えることがありまして、ブログもほとんど更新せずスミマセンbearing

つらいことがあったとかいうわけでもなく、ただ、自分の今までの人生を振り返り、全てがうまくいきかけると何かに邪魔される感じがあり、悶々としたりしていました。

自分は、幸せになる資格がないのか。。と思いこむこともあり、前に沖縄に知人が「ユタ」という存在について話してくれたのを思い出し、鑑定してもらいました。

知人の知り合いのユタではなく、いろいろ調べて一番誠実そうな方にみてもらいました。

電話でなんですけど、生年月日だけでなんでこんなにわかるの?と思うくらいすごかったです。

多少の悩みの相談はしてましたけど、どっかで私のことをみてたのでは、、( ̄◆ ̄;)と思うくらいです。

しかも、ただ過去や性格をいうのではなく、今後の展望も聞かせてくれて明るい気持ちになれました。

今まで占いとか鑑定なんて、とあまり信じていませんでしたが、この方は信用できると思います。

どこかで、生年月日だけでベラベラしゃべりだしたら、それは本物と聞いたことがあるけど、まさにそうでした。

興味をもたれたら、「sora ユタ」 で検索してみてください。ぜひ口コミで広まってほしいです。

私は、鑑定ついでに、ブレスレットの作成もお願いしました。私のための試験的な作成段階のブレスレットの写真を送ってきてくれます。すごく綺麗で、お守りにしようと作成の仕上げをお願いしました。

ブレスレットshine送られてきたら、ブログにアップしますね。

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アルヴァマー序曲(バーンズ)

たぶん、知る人ぞ知る名曲です。

最近、社会人吹奏楽団に入っちゃいましたbearingフルートに関しては、初心者のクセにtyphoon

1人でピロピロ吹いていても、あの合奏の楽しみが忘れられず、私は、このまま、仕事と子育てで終わっていいのかな(仕事ばっかりだけどsweat01)などと考えていたら、体験入団からいつのまにか入団していた。。。というわけです。ダンナや子供の理解もあり、仕事に支障がない程度に参加しています。

先日、非常に懐かしい曲に出会いました。

バーンズ作曲のアルヴァマー序曲です。懐かしすぎる~happy02私は、懐かしすぎて泣きそうでした。

私が、昔、吹いていたのはフルートではなかったので、終盤以外は、そう難しく感じなかった曲ですが、フルートの楽譜初めてみたけど、coldsweats02なんですか!これは。。。難しい~指回りませんけどcryingこんなに難しかったけ??

泣きながら家で練習してますdown

年取ったら、物覚え悪いし、運指も忘れるし、ダメだわ~

誰か、アルヴァマーのフルートのコツshine教えてください。

しかし、やっぱりこの曲は、いい曲です。メロディーが数種類、重なるところが最高ですね!

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お待たせしました。

ずーっと更新しませんでした。すみませんsad

忙しかったというのもあるし、いろいろ考えたりしていました。

ただただ時間に流される毎日で、仕事ばがりで正直、家庭のことは後回しな日々にこれでいいのかと考えていました。また、私の人生は、こんなにただ仕事に流される人生でいいのか・・・とも。

そして、最近、社会人吹奏楽に入団しました。今まで、1人でフルートを吹いていたので人と合わせるというのは、久々なのでまだまだヘタクソですが、ストレス解消になります。家族も協力してくれています。

もしかしたら、少し鬱傾向だったのかな。。。と思ってみたりしています。

少し落ち着きましたので、これからも少しずつ更新していきますので、よろしくお願いしますconfident

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死の予言

私は、患者さんが言われることは結構、当たっていると思っています。特に、「わしは、もうすぐ死ぬ」という患者さんは、よくその通りになります。まさか、そういう状態じゃないよね。と思っても、患者さんの言うとおりに亡くなられた方も多くいました。

Aさんは、1人暮らしの90歳以上のおじいちゃんでした。90歳以上の割りにしっかりとして、いわゆるボケもなく、ちゃんと身なりのしっかりしたおじいちゃんでした。

もともと癌があったけど、高齢のためか進行が止まり(たぶんゆっくり進行していたと思うけど)ゆっくりと1人で余生を過ごされていました。

ある日、外来来られて、「もうすぐダメなような気がするから個室に入院させてほしい」と希望入院(すでに病気があり入院するほどではないけど、自分から入院させてほしいと言われる患者さんの入院をこう言ってます)されました。

全身状態も安定していて、高齢だからと胃カメラなどの検査は拒否されて、まるでホテルにでも住んでるように、面会者もなく、この患者さんは自分のことは自分でされて過ごされていました。

なんで入院しているのだろうか、家に帰りたくないのであろうか・・・?と私たちが疑問を持ち始めたころ、この患者さんは、突然、トイレで倒れました。どこからの大量出血が予測されました。顔面蒼白で手足は冷たくなり、この患者さんはでも意識がはっきりしていて

「すみません。わしは、もうすぐ死にます。師長さんを呼んでください。わしのわがままで入院させてくれたお礼を言いたい。1人はさみしく、ここで過ごした時間は、さみしさを癒していくれました。師長さんを呼んでください。」

私は、すぐに師長さんを呼びにいき、この患者さんは師長さんや私たちに見守られて、まるでドラマのように息を引き取るまで意識があり会話をして、ほどなくして亡くなられました。

私は、この患者さんが特別なのかと思っていましたが、その後に何度も「もうすぐ死にます」や「○日ごろに私はいない」という患者さんに巡り合いました。

死の近い患者さんはなにか特別な何かがあるのかもしれません。

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犯人がきた。

どうでもいいことですが・・・初めてのことでした。

患者さんが入院しました。拘留中の・・・

よくドラマで、ベッドで手錠に繋がれて、廊下に警察官が立っている。ということを期待していた私です。

実際は、廊下にいすを置いて、私服(ジャージ)を着て、警察官は、まったりしていました。そういうものなのですね。

患者さんは、体がつらいので、どうみても逃げそうになく、個室で自由自在にしています。手錠には繋がれてませんでした。

犯人だから、怖い人なのかなと思いましたが、やっぱり患者さんは患者さんで、つらそうなので優しくしていました。

早くよくなってほしものです。

良くなるまで、警察官は毎日、24時間廊下にいるんですかね?何もしていない私ですが、やっぱり仕事のたびに、おまわりさんがいるのは嫌なものですgawk

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子供のお医者さん

今、小児科医不足が叫ばれています。

昼夜問わず押しかける患者さんや激務に追われ、小児科医を希望される人が少ないようです。(私の働いている病院にも小児科がありますが、その先生は、私はあまり好きではないので、うちの病院の話は今日はしませんthink

私の子供がかかりつけの個人の小児科医院があります。いわゆる内科小児科みたいな小児科おまけではなく、小児科メインで大人がくれば診ますよ。という病院です。

以前、子供が嘔吐下痢でグッタリした時、実は、私も嘔吐下痢高熱でした。子供を診ながら、先生は私の症状に気づいてくれて「お母さんのほうが点滴したほうがいいですよ。今日、していきなさい。」と急遽診てくれました。内服薬も出してくれましたが、小児科メインの病院なので、甘いのですcake薬が!飲みにくかった~でも、感謝しました。

そういう病院ですから、今の小児科が少ないことも影響し、いつも満員で大変そうです。

先日、うちの子供が急な高熱を出して、受診しました。熱がでてから24時間以内ということで簡易インフルエンザの検査もできないし、熱も高いしどうしようか・・・と先生が言われ、

「明日、朝、電話します。それでどうするか考えましょう。今日は解熱剤を持ち帰ってください。」

と言われました。実は、次の日、日曜日で病院が休みなのにどうするんだろうか・・・と思っていました。案の定、熱は下がらず、一晩中、座薬を入れて下がって、効き目が切れて上がっての繰り返しのまま、朝になりました。

携帯がなり

「Aです。どうですか?」と聞かれ一晩中の症状を言うと

「なら、今から病院にきてください。インフルエンザの検査しましょう」

と言われ驚きました。でも、休診日に診るなんで信じられなく

「どこに行けばいいですか?」と聞いてみました。そしたら

「病院の入り口は閉まってますので裏口からインターホンで鳴らして入ってきてください」

と言うではありませんか。あまり、先生を待たせても申し訳なく、急いで病院に行ったら、なんとたくさんの赤ちゃんや小学生などの患者さんが来ていました。もちろん、当番医の日ではありません!

夫婦で走り回りながら、インフルエンザの検査したり、診察したり(たぶん奥様は看護師かな。)。他の事務員を呼ぶわけでもなく、ただ、走り回りながら次から次へと診察されていました。

おそらく、朝から、前日に気になった患者さんに電話連絡をして熱が下がらない患者さんは、みんな来院するように言われたのでしょう。うちの子供が待っている間にも、次から次へとマスクをした子供たちがやってきました。

連絡をしても、当番医に行くようにとか隣町の小児救急に行くようにと言う事は簡単なのに、おそらく内科の小児科をよくわからない当番医に任せることもできず、休みの日なのに患者さんを診てくれていました。

病院の外からは、休診日としか見えず、目立たない裏口からは患者さんが続々入って診ていたんですね。

とても、すばらしい先生だけど、どこの病院とか私の知り合いなどには、休診日に診てもらったなんて絶対言えません。きっと、私の病院にくる患者さんたちのように、コンビニのように利用するモラルの低下した人が利用するからです。

こうしたモラルの低下した人たちの利用も原因で小児科医の激務に拍車がかかっていると思います。

このすばらしい先生を絶対つぶしたくないと思いました。そして、医療がマスコミ等に叩かれる中で、今でも、こういう町のお医者さんがいることをみなさんに知ってほしいです。

ちなみにうちの子は、インフルエンザではなかったですcoldsweats01

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内科病棟の越冬

寒いですね。毎日。

この時期になると内科病棟独特の現象が起きます。

高齢患者さんの越冬です。

大体、在宅などで介護されている高齢者が暖房のあまりない部屋にいて肺炎になり、入院してきます。抗生剤など投与されて元気になるのですが、退院が臭い始めると家族が

「あたたかくなるまで病院においてほしい。」

と担当医に頼みます。病院にいると暖房費は浮くし、老人医療で安上がるし、寒い中、おむつ交換とかしなくてもいいし・・・というのがミエミエです。

そういう患者さんで病棟は溢れ、毎年、今の時期は、満床になります。それはそれでいいのですがthink、いざ救急車など来たときや、外来にきた本当に入院しなくてはいけないような患者さんが入院できないのです。

先生もこれではダメだと退院を促すけど、居座ったもの勝ちみたいな感じでグズグズ言ってなかなか退院しません。

地域密着型病院なので、個人経営の病院みたいに「退院です。お金払って出てください」というわけにもいかず、外来からは、「入院の部屋はないですか?」と催促されストレスが溜まります。

家族の方の寒い中での介護疲れもわからない訳でもなく、かといって病院は、老人の受け皿、安いショートステイなわけでもなく・・・typhoon

こういう現象と私たちは「越冬(冬越えの高齢患者さんたちがやってきた)」と呼びます。

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いまさらですが、あけましておめでとうございます。

ふつ~に仕事してまして、やっと休みです。

あけましておめでとうございます。

相変わらずのコンビニ病院化とモラルのない患者さんで病院は、なんとなく年始から忙しかったです。でも、今年は、珍しくモチを詰まらせた方や暴飲暴食の吐血の方は来院されなかったので、忙しいながら比較的穏やかだったようです。

いろんな方のブログを見ていて、「救急患者さんのたらい回し」には、それぞれいろんな意見があるようですね。私ぐらいが、「なにもしない行政にも原因があるのでは。病院は神様ではない。マスコミの報道の仕方にも問題があるのでは」と感じているのでは・・・と思っていましたが、そうではなく、私と同じ意見の方が大勢いらっしゃいました。

医療現場にいるものの意見ですが、このままでは、ますます、「たらい回し、医療崩壊、医師不足」が加速されていくと思います。そして、なにかあるたびに、マスコミの報道に踊らされ、病院は悪者になっていくのでしょうか。

決して、命を軽くみていない「命の重さ」と病院の現場の状況を一人の看護師の目から今年も届けていきたいと思います。

今年もよろしくお願いします。

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良いお年を・・・

普通に仕事してます。大晦日なのに・・・

病院勤めなんでしょうがないですね。

患者さんと過ごしてます。一応、ダンナの子供のいるのに。ごめんね~子供たち(T-T)

こういうときは、仕事やめようかな~と思うこともあります。

でも、頑張りますね。

皆様、良いお年を・・・

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病院のたらい回しと激務と老人の実際

最近、ニュースで救急搬送された患者さんがいくつもの病院に断られ、亡くなられたというニュースをみました。とても痛ましいニュースです。

私は、小さな総合病院の1看護師でしかないですけど、私の思うところを少し書いてみたいと思います。

私の勤めている病院は、小さな病院ですが救急車もきます。最近は、お金がたくさん取れるような高度医療を必要とする患者さんは、大体大きな病院へ搬送されていきます。その後のことは、あとで書きます。

私の勤めているような小さな病院には、入院の準備をして救急車を呼んだような高齢者や時間がないから夜に病院にいこうと家族に「風邪引いた」と連れてこられた子供や高齢者で救急外来の患者で溢れています。

そして、風邪ならと風邪薬を渡して、帰宅を促すと、「入院の準備をしてきた」とか「一人暮らしだから不安」「私たちは、明日からいないので入院させてください」と、まるで老人ホームのショートステイのように言ってきます。そして、そういう人たちは、なかなか退院せず、病院のベッドは、行き場のない高齢者たち(特に年末年始などイベント期間中)で埋まっていきます。

そういう現実で、ベッドがない時に救急搬送の連絡があって、入院させれないので断ってしまうことはあるかもしれません。そして、たとえ救急搬送されて、検査などの結果、たいしたことがないと診断され、その後、どんな原因がわかりませんが、数日後に亡くなられて「病院の誤診だ!あの時、入院してれば!訴えるぞ!」と家族が、騒ぎ出したケースもあり、大体の病院は、救急搬送されたら1晩でも入院させる傾向にあるようです。(私の近くの病院は)だから、空きベッドがないと受け入れにくいということもあるのです。

あとは、医師の激務です。日中、ずっとご飯を食べる時間もないくらい働いて、夜は寝る時間もないくらいの「夜開いている病院」に来院してくる患者さんの相手をして、次の日は、普通に1日中仕事です。考えられない激務です。そして、判断を誤ると医療ミスだと訴えられます。誰が、こういう仕事をやりたいでしょうか?医師が、いなくなるのも無理ありません。

医療崩壊とマスコミが騒いでますが、解決策はどこにあるのでしょうか?

医療崩壊と叫ばれても、ぜんぜん動かない行政、病院にかかる患者さんのモラルの低下、高齢者が行き場がないという現実。

もう一つ、大きな病院で治療をした患者さんは、数日入院したあとは、私のいるような病院に再搬送されてきます。また、治療方法がないと判断された患者さんもです。そういう方は、だいたい一人暮らしや高齢者で後遺症の残る患者さんです。そういう方が搬送されてくると、なかなか退院できず、病院のベッドが埋まってしまう、という現実問題もあります。

そして、大きな病院は次から次とくる救急搬送に手が回らず、私たちのいるような病院は、高齢者で埋まっていて、救急搬送を受けれず・・・と悪循環です。

とりあえず、私の周りの現実を書いてみました。

きっと、でも世の中は病院が悪いと言うのでしょう。。。

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病院からのメリークリスマス.:*

メリークリスマス~

今年は、病院でメリークリスマスです。そう、仕事です。

24日は、病院といえどもなんとなくクリスマスムードで、患者さんたちも家族の面会が多かったりするのでニコニコしています。

病院の食事もケーキがついたりして、配りながら「いいな~私なんかコンビニ弁当だよ・・・」と心の中で囁いています。

若い時は、クリスマスに仕事なんてとんでもない!と思っていましたが、結婚しちゃうとどうでもよくて、若い子に休んでもらっています。

ケーキを買って家に帰り、それから我が家のクリスマスの予定です。サンタさんから預かったプレゼントを子供たちに渡して、楽しむ予定です。

こんな仕事のせいか、子供とダンナがどうしても犠牲になってしまい、「あ~辞めようかな」と思うこともありましたが、いつの間にか子供たちも、なんとなく「お母さんは忙しいぞ」とわかる年齢になったのか

私、大きくなったらお母さんの病院の仕事手伝ってあげる♪

と言うようになりました。子供のまで気を使わせて、なんて母親でしょう~と思われるかもしれませんね・・・私自身が、母親が忙しい母子家庭で育ったせいか、子供は子供で、生まれた境遇を巧いこと生きていくしかない、という考えなので、家族4人で、支えあってこれからも頑張っていけると思っています。

ではでは、皆様、ハッピーなクリスマスを過ごしてくださいね。。。

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いきなりのアクセスアップにドキドキ

先日、なんとニフティのトップページの「旬の話題ブログ」に掲載されました!

そんなこともしらない私は、いきなりのアクセスの急激な増加にドキドキしてパソコンの電源を切っちゃいました・・・

冷静になりもう一度みてみると、なんとニフティのトップページにみたことのあるブログのタイトルが・・・・いや~ビックリしました。

こんなこともあるものですね。

わざわざ読んでくださった方、ありがとうございます

しかもニフティの方がつけてくださったのか、紹介文が「医龍と医療界の共通のココロ」。私の言いたかったことを見事にあたたかい一言で表してくれました。

いつも一人でも多くの方に読んでいただけたら、と思いながら書いています。病院というところの良いところ、悪いところ、人の命の重さが伝われば・・・と思っています。

今後も、仕事が忙しいので頻回には更新はできませんが続けていこうと思います。

よろしくお願いします。

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勘違いナース

ここ数年、思うことがあるのですが・・・

新人ナースには、勘違いナースが多いということです。

テレビのドラマ「ナース葵」、「ナースのお仕事」、「医龍」などなど、病院系ドラマの影響なのか、ナースの免許をもらうとすぐにドラマのように、大活躍できると勘違いしてるみたいです。

そして、先輩ナースともすぐにお友達のようになれると思っているらしく、すぐにお友達言葉・・・(^^;

そして、私の働いているような急性期やら慢性期やら、老人病院に救急車が入ってくるような田舎の総合病院に就職して現実にショックを受けるようです。

ドラマの見すぎで「バチスタのオペに入りたい」って言う人もいました。(おそらく医龍・・・)うちの病院に心臓血管外科なんてないし(^^)、たとえそういうオペをしたところで、卒業1年目なんて役立たずでオワリです。

こういうはっきり言って、バカか・・・と思うようなことをいう新人ナースでも、最近の看護職離れで、本当のトップはかばうんですよね~

今の若い子は、本当に恵まれています。

夜勤で、そういう夢や理想を語る前に、自分の看護センスや観察力を磨いてほしいものです。

なんだか今日はグチっぽくなっちゃいました。スミマセン

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呼吸ケアリハビリテーション学会参加

昨日、今日と台場のホテルで行われていた「呼吸ケアリハビリテーション学会」に参加しました。

私も一般で演題発表があったのでドキドキでした。

興味のある講演もたくさんあって、私なりにとてもためになった学会でした。そして自分の不勉強さを感じました。

初めてこの学会に参加したのですが、医師、看護師、理学療法士といろんな職種が一度に集まるので、おもしろいな~と思って聞いていました。

思ったのは、この学会に参加する人は、「患者さんのために」ということが当たり前みたいな感じで、すごくやさしい感じの学会に感じました。(何を書いているのでしょう~自分でもわけがわかりませんが・・・)

来年は愛媛みたいですが、なるべくなら参加したいなと思いました。そして、私が自分の病院で、何かしていけたらいいな・・・とヒントももらえた気がします。(呼吸療法認定士はナースでは私だけですが・・・)

今年、いろいろがんばった自分にアクアシティーでちょっと買い物もしました。スタージュエリーのネックレスでかわいいです!

台場は、買い物虫がうずく所です・・・あ~ダンナに怒られるかも。。。

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IC~告知~

最近の傾向としては、癌の場合、特に化学療法など本人の協力を得ないと治療ができない場合などは、告知をすることが多いです。

告知をする前に、ご家族に病状説明して、ご家族が「本人に言ってください」ということになれば、本人を呼んで、医師より告知されます。

Aさんは、とてもやさしい男性でした。息子さんと孫さんと3人暮らしで、癌と告知され、大きな町の病院で、抗がん剤の治療をしていました。

息子さんに入院のたびに、送り迎えなどの迷惑をかけたくない、とのことで、大きな病院はやめて、自転車で通える私たちの病院に転院してきました。

入院されてまず、「すぐに開始してください。早くして早く退院したいんです。息子や孫に迷惑かけれないし、明るいうちに自転車なら一人で帰れるからね」と、抗がん剤で禿げた頭を撫でながら、言われました。

検査データを見ながら、ゆっくり慎重にするのが当たり前と思っていた抗がん剤の治療を「早く、早く」と言われるのに、多少ビックリしたものの、Aさんの人柄に、主治医を含め、私たちは、みんな惹かれ、なんとなく多少のワガママもきいてあげようかな。。。という感じでした。

何度も何度も抗がん剤の治療で入退院を繰り返し、そのたびに、「息子に迷惑はかけれない、早く早く」と急かされました。

「ちょっとは、ゆっくりすればいいのに」と言うと、Aさんは、「私は、大きな病院とこの病院に何度も入院して、癌だと言われ、治療してます。お金もかかるし、私自身、病院というところに1分でもいたくないのかもしれません」と、初めてポツリと言われたことがありました。

そしていつも驚くほどの早さで退院していきました。

夜中に救急車がなり、Aさんが入院してきました。手足がふるえ、歩けなくなったとのこと。すぐにCTなどの検査をすると、脳に転移が見つかりました。

息子さんを呼んで、病状説明し、本人に言うかどうか、迷いました。息子さんより、「本人に言ってください」と言われ、主治医より本人に言われました。

『癌が頭に転移してしまった。前みたいに自転車にのって好きなところにはもう行けないかもしれない』

Aさんは、「あと1~2ヶ月生きれますか?治療はどうしますか?」と、まず聞かれ、『わかりません。治療は、効果ないのでもう止めましょう』と説明されました。

「外泊させてください。」

Aさんより主治医に申し出はあり、告知された次の日に外泊の予定となりました。退院というと思っていた私たちは、意外でした。

夜、巡回にいくと、Aさんが布団をかぶって、おそらく泣いていました。『退院でもいいですよ。具合悪くなったらすぐくればいいし』というと、Aさんは、「今までは、退院、退院と言っていたが、今度は、このベッドが人に取られるのが怖いんです。急に具合悪くなり、ここに入院できなかったら、どうしようと思って。それに家で具合悪くなり息子たちに迷惑かけれません」と答えられました。

そして、Aさんは、2泊外泊して、その次の日、脳内出血にて急変し、あっという間に亡くなられました。

おそらく息子さん、お孫さんに迷惑かけれないと言う気持ちが強かったのでしょう。

息子さんは「男手で子供を育ててる自分を見てるので、迷惑かけれないと思ったのでしょう。」とだけ、言われました。

Aさんがみせた唯一の弱い場面に、私は寄り添うことができました。自分の最後の居場所を病院と最終的にはきめたAさんでした。

何度も、告知の場面に出会いますが、いつもこれで良かったのだろうか・・・と自問自答しています。

そして、告知の場面に出会うたびに、禿げた頭を撫でながら、「あと1~2ヶ月生きれますか?」と問うたAさんを思い浮かべてしまいます。

Aさんと私たちとの時間は、あまりなかったけど、きっとAさんは、主治医の丁寧なIC(病状説明)を信頼して、問うたのだと思います。

そして、自分の病状のすべてを知って逝ったAさんは、納得されたと信じたいです。

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呼吸ケアリハビリテーション学会

家でパソコンを開く暇がないくらい忙しい日々を過ごしています。

来月に呼吸ケアリハビリテーション学会に症例の発表に行くことになりました。

自分が良い看護ができたなと思う症例で、先輩や先生方に「とてもいいと思うから、どこかに出したら?」と言われ、単純な私は、

「なら呼吸療法認定士の更新点数のもらえるところに投稿してみよう」

と思い、投稿して採択されました。

丁度、私の働いている病院はカルテが変わるやら新しい人が来るやら、忙しい真っ只中で、論文をまとめる時間もないまま、いつの間にかあと2週間ほどになっていました。

あ~どうしましょう・・・・

でも、せっかく発表できるので、なんとか乗り切りたいと思っています。会場のお台場も数年ぶりだし!買い物も楽しみ!

呼吸療法認定士を目指している方は、もうすぐ試験なのでしょうか?

テキストをしっかり読めば大丈夫だと思いますので頑張ってくださいね。

また、ブログに来てくれている人、なかなか更新できなくてすみません・・・書きたいことはいっぱいあるのに、自分の中でまだ消化しきれないことや時間がないことで、更新できてません。でも、自分の思いや看護をまだまだ綴って生きたいと思っていますので、懲りずに来てください(*^^*)

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暖かい死~家族の笑顔~

いつも、なんとなくつらいことばかり書いている気がするので今日は、少し違うことも・・・

90歳代のおばあちゃんが入院されていました。老衰という感じで、ご飯が食べれなくなり段々弱りという感じです。積極的な治療はせず、いよいよというときは見守りで・・・ということになりました。

とはいうものの、明治を生きた女性は強いです。時々、熱を出したりするものの何日も入院していました。

孫やひ孫に囲まれて「おばあちゃん、おばあちゃん」と過ごされていたのでしょう。私が「Aさんおはよう」と声をかけると、必ずシワシワの手を伸ばして「いい子いい子」と頭を撫でたり、抱っこしてあげるというような仕草をしてきました。

体中にムクミがきて、もう長くないかもしれないという時に、家族から「最後に息をしているうちに一度だけうちに連れて行きたい」と息子さんや孫さん、お嫁さんから申し出がありました。こんな状態では、外出は絶対無理です、と言っても、「どうしても」と言われ、主治医から渋々許可がでました。

いよいよ外出の時、酸素ボンベとリクライニング車椅子を貸し出し、外出に出かけました。私は、息子さんたちに「段差とか大丈夫ですか?」とたずねると、何を看護婦さん言ってるんですか~という感じで「私たちは今までおばあちゃんにいっぱい抱っこしてもらって育ててもらいました。今度は私たちがおばあちゃんを抱っこしてあげますよ。心配しないでください。」と躊躇いもなく言われました。大体の家族は、家族がオムツになったり寝たきりになると体に触れることを嫌がり「看護婦さんお願いします」と言われます。私は、このおばあちゃんの家族は本当におばあちゃんを愛しているんだ・・・」と感じ感動しました。

自宅でお昼ご飯をおそらく舐めるほどだけ食べて、Aさんは帰院されました。

そして数日後のある日、Aさんは、呼吸状態が悪化しました。もう息も絶え絶えとなったので、家族に電話してすぐに来院するように言いました。

「ありがとうございます。」とエレベーターからたくさんの家族が降りられました。みんな笑顔で「おばあちゃんの最後を見送ってあげよう」と口々に小さな子供まで言っています。

そして、本当にたくさんの家族に見守られながらAさんは息を引き取りました。家族の方々は、涙を流しながらも笑顔で、「おばあちゃんありがとう」と言いながらAさんの体を撫でていました。

Aさんは、本当に幸せな暖かい死を迎えることができたと思いました。Aさんの大好きだったであろう家族の笑顔で見送られて。

この日から、もう多くの日が過ぎましたが、いまだに病院でAさんのご家族に会うと、「看護婦さんあの日は本当にいいタイミングで呼んでいただいてありがとうございました。みんなで見送れました。うれしかったです。」と声をかけられます。Aさんの家族の心の中に、Aさんはまだ暖かいおばあちゃんとしているんだな。。。と感じました。

病院で死ぬということは、つらいことばかりに思われがちですが、こういう暖かい死の場面もあります。そして、私たちは、そのセッティングを少しお手伝いしてるのかもしれません。

こういうのも、きっと看護なのでしょうね。

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私の道

毎日、忙しく学会やらいろいろな報告やら何がなんだかわからない日々を送っています。

そんな中、最近、何をやってるんだろうか・・・と思うことが度々あり仕事を辞めたくなる時があります。若くてリアリティーショックとかならわかるけど、こんな年になって何をやってるんだろうか・・・と思われるかもしれません。

私の働いている病棟は、内科病棟です。(少し混合病棟なところもあるけど)寝たきりの患者さんが多くてターミナルのいわゆる見取りの看護っていうことも多いです。

急死だったり、徐々にっていう感じなどいろいろです。闘病するような感じではなく、苦痛を最小限に、年も年だからと、麻薬で眠ったりすることも少なくありません。

そのたびに、この人の人生はこれでいいのか?こういう看護でいいのだろうか?と思いながら看護しています。前回記述の「病院で死ぬということ」でも、やりきれなさが残りました。本当は、この人は麻薬で眠りたくなかったのではないか?せん妄状態で、家族が付き添えないときは手を縛られて、こういう最期でいいのだろうか?と疑問をもっていました。

そういうときに、たまらなく「辞めようか・・・」という衝動に駆られます。

しかし、前回の記述の亡くなられた患者さんの息子さんが挨拶に来院されました。

「看護師さん、父はあれでよかったのでしょうか?」と言われ、私は、同じ疑問を持ちながらも、「安らかだったと思います。どんな家族も私たちもそういう思いを持ちながら乗り越えるんでしょうね」と返答し、それ以上は答える事ができませんでした。しかし、その家族から「最期にいてくれたのが、あなたで良かった」と言われました。

何度も辞めよう辞めようと思っても、患者さんやご家族と悩みながら共に歩いてきた日々はウソではなく、そういう日々が私の看護を続ける理由になっているのだと気づきました。

きっと、こうやって悩みながらも看護師を続けるのでしょうか?

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病院で死ぬということ5

Aさんは、とても几帳面ないわゆるダンディな紳士とは、こういう人を言うんだろうなと思った患者さんでした。

大きな病院で癌の治療をして、近くの病院がいいからとうちの病院に転院されてきました。転院してきたときは、貼る麻薬を使い、癌の痛みをコントロールされていました。

「痛みはどうですか?」と聞くと

「癌だから痛みが0というわけじゃないけど、我慢できるよ。ありがとう。」と、告知されていたのでニコニコと堂々とされていました。

何度も入退院を繰り返すうちに、どんどん麻薬の量が多くなりながらも、いつの「0じゃないけど我慢できるよ。」とニコニコされていました。

夜になると「私は、布団が毛布と布団がキッチリと揃ってないと気持ち悪いんだよ。几帳面だからね。」と言いながら、寝返りで布団が乱れるたびに、モゾモゾ起きて直していました。もちろん、ベッドサイドテーブルのキチッといつもきれいに並べられていました。

そして、今回がとうとう最後の入院となりました。入院されたときは、しっかりされていましたが、増えている麻薬にとうとう時々、せん妄状態になることもありました。夜中にナースコールがなると、半分泣きながら「わからないんだよ。なにがどうなっているのか。なんでこんなにぐちゃぐちゃになっているんだよ・・・」と自分の自分でした乱れたベッドやベッドサイドテーブルを見て、嘆いていました。

「きっと、寝ぼけたんですよ。今は、大丈夫でしょ?」と、声をかけて一緒に片付けたりしました。

日々の経過とともに痛みと苦痛、せん妄がまだまだ出現してきて、麻薬は増え続けました。麻薬では、押さえ切れない苦痛が続き、ある晩、ナースコールが鳴りました。

「つらいんだよ。苦しんだよ。痛いんだよ。でも、怖いんだ。助けてくれ。助けてくれ。嫌なんだ。助けてくれ。」

恐らく、今までも何度も弱音を吐きたい事があったと思うけど、初めてのAさんの訴えでした。私は、苦しむAさんに、手を握りながら

「つらいね。つらいね。」ということしかできませんでした。しばらくして、点滴の麻薬が開始となり、Aさんは、長い事、眠っている日々が続き、Aさんらしく本当に静かに、亡くなられました。

私は、Aさんは、麻薬で眠る事ができたけど、自分の気持ちを言えないまま亡くなられてしまった気がしてなりません。担当医は「Aさんは、自分の癌のステージの中で、自分で治療を決め、治療をやめることも自分で決定してきた人だ。」と言っていたからなおさらなのかもしれません。

まるで、私たちや家族がAさんの苦しみを見たくないから、麻薬を増量させてきたような気がします。確かに、Aさんの苦痛は、麻薬によって除去されましたが、あの時の「助けてくれ」の意味は、癌のつらさだけではなく、麻薬のつらさもあったのではないのか・・・と思ってしまいます。

「癌の痛みに麻薬は、恐ろしくない。上手に使えば、普通に生活できるんだ。すばらしい余生が過ごせるんだ。」と言われますが、寝かせてしまうことが、いい余生なのでしょうか?

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看護学会採択・・・

看護研究を日本看護学会の老年看護に投稿したところ、採択されちゃいました。

なんとなく上司に言われて、「なら投稿してみようか。採用されたら長崎だし。旅行だ!」と軽い気持ちで応募しちゃいました。

採択されたらされたで、「長崎だよ。どうやって行くんだよ。行き方もわからないし、だいたいどこだっけ?」と、戸惑っています。調べたところ、ここからは7時間ほどかかります!しかも、子供が小さいので、3泊も行ってこれるだろうか・・・という心配もあります。

ダンナは、「行ってこいよ。」と快く言ってくれていますが、なんせ、うちの2歳の下の子は激しいマザコンで、常に「かあちゃ~ん」とストーカーの様に私を追い回してます。こんなのなのに、4日間も大丈夫でしょうか。

でも、私たちの書いた研究が採択されたことは、やっぱりうれしいことで仕事に対するモチベーションが上がります。しかも、事例紹介みたいな感じなので、こういうのが採択されたことは、「私の看護は認められた」、という感じでうれしいですね。

これからは発表に向けて、研究をまとめたり、大忙しになりそうです。

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退院できない

この高齢化社会に老後の生活の質と言われている最近の世の中なのに、なかなか病院から退院できない高齢の患者さんがいます。

Aさんは、心不全と呼吸不全で何度も入退院を繰り返しています。そして、とうとう今回の入院は、一時、人工呼吸器まで装着していました。強い生命力なのでしょうか、見事に人工呼吸器を離脱し、回復しました。

じきに本人も家族も退院を希望しました。

では、退院で「良かった良かった」と思っていた私たちです。しかし、主治医は

「どうせ、退院しても薬飲まなかったり不摂生してすぐに入院するから、どこかの老人病院に転院させよう」と言うのです。何を言い出すのかと思いました。

そうこうして長い間、退院許可がでず、Aさんは毎日泣いています。「家に帰りたい」と。

そして、段々、認知症状もでてきて、毎日、廊下をウロウロ出てきては、「家に帰れないなら死なせてくれ。家に帰りたい」と言っていろんな人に話しかけています。

どう思いますか?医師一人の判断でAさんの人生を決めてしまってもいいのでしょうか?80歳代半ば老人が、完全に治癒して、薬を自己管理できても、あと何年生きれるかわからないのです。それなら、軽快した状態で家族の協力を得て、退院して、また、救急車で入院したら入院したでいいのではないかと思います、例え、それで重症化してしまったとしても、今、Aさんは家に帰りたいのです。

私は、このAさんの主治医とはチームが違うので意見を言う事ができません。私のいるチームの医師は、幸い私たちナースの話も聞いてくれて、医師とは今ではそういうものだと思っていました。未だに、こういうワンマンなオレ様医師がいるなんてビックリです。

きっと、今日も仕事に行くとAさんは、帰りたい、家に帰りたいと病棟を泣きながらウロウロしてるのでしょうか・・・

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たまには、ダンナのことでも2

多くの方がブログに来てくれているのに、なかなか更新できなくてすみません。

言い訳をすると・・・看護研究やら教育やらなんやらで忙しくて、パソコンを開くヒマのありませんでした。

そして、またまた、やってしまいました。ダンナの放置・・・

ここ最近、ダンナが寝ながらとか、体を動かすときに、

「イタた・・・イタた・・・」

と言っているのには気づいていました。ダンナが

「ここ(わき腹)痛いんだよね~なんかなってる?」

と聞くのに、

「大丈夫、大丈夫。気のせいだよ。気のせい!」

と、聞き流していました。私を当てにできないと思ったダンナは、恐らく

「こいつに言ってもダメだ。自力で病院に行ってやる。」

と思ったのでしょう。ある日突然、会社を休み、隣町の大き目の市民病院に行きました。その診察が終わってから

「肋骨3本折れてたよ。この偽看護師・・・」

と電話がありました・・・・・・

またまた、やってしまいました。ダンナの放置。まあ、肋骨骨折は私のとお~い記憶によれば、確か安静で治るはずと思い、

「家で寝ててね」

とだけ、言っておきました。しかし、職場では

「え~3本も折れてたらかなり痛いんじゃない~ひどい妻だね~気づかなかったの?」

と罵られ、ダンナにも

「この偽看護師」

と言われ続けてます。

これは、確かにかわいそうだったかなとちょっと反省です。

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呼吸療法認定士

最近、呼吸療法認定士について問い合わせがあったりするので、ここに少し紹介したいと思います。

呼吸療法認定士という学会認定の認定資格です。いわゆる、認定看護師とは違い学会認定なので、わりと短期間で簡単になれます。

私が、なんで呼吸療法認定士の勉強をしようかな~と思ったかというと、小児科にいるときに喘息発作の子供の患者さんに先輩のナースが

「はい。吸って~吐いて~吸って~吐いて~」

と、今になってわかったのですがパニックコントロールをしていたのです。そしてすぐにその子供は落ち着いていきました。まだ、若かった私は

「は~すごいな~こういう呼吸器疾患の患者さんは看護師のケアによってこんなに楽になるのか」

と感動したものでした。私もあ~いうのしたいなと思い始めて、いろいろ調べて呼吸療法認定士にたどり着きました。主婦で仕事をしていない期間もあり、仕事復帰してから、自分の仕事のモチベーションも上がればいいなと思い、申し込みました。

まあ、割と簡単に認定資格が取れるということで年々人気が上がり、最近は申し込みすら難しい現状のようです。

春に申し込みがキチンと受領されると、夏ぐらいに分厚いテキストが送られてきます。市販されている3学会の呼吸療法テキストと似てる感じですね。そして、そのテキストを読んで秋の初めぐらいにある講習会2日間に出席します。

狭い机に朝から晩まで3人並んで受けました。一人できてる人が多いので、そのうち隣の人と仲良くなったりします。それが楽しかったですね。私は、両隣がテレビとかで見かけるような有名病院で働いてるナースで、お話を聞くだけですごいな~って感動してました。有名病院は有名病院で、私の働いてる病院みないな地域密着型で患者背景がわかりすぎるみたいな感じの病院の話を「すごいね~」と聞いていました。

この、講習会が終わるとあとは自己学習で、秋の終わりに試験があります。自己学習のときは、医師から医師の学生時代の教科書とか借りたりして勉強しました。テキストだけでは難しいです。しかし、試験自体は、症例とか基礎的なものとか、私は、「思ったより簡単」という感想でした。合格率は、私のときで60%弱だったと思います。

合格発表は、12月のクリスマスごろに封書できます。認定証などわりと分厚い封筒でした。

こんな感じで簡単になれますが、なった後のほうが大変です。

申し込みするときに病院で書類を書いてもらわなくてはいけないものがあるので、内緒で受けるわけにもいかず、合格したかとか聞かれます。

合格したらしたで、私の場合は院内ではじめての呼吸療法認定士だったので、すご~いみたいな感じで、いろいろな知識技術を求められました。しかし、当然、テキストや2日間の講習は十分ではなく、セミナーなどに参加して不足な技術など補いました。しかも、一人だったので何をしてよいのかわからず、モタモタでした。

それから、数年たち、ここのブログでも書いているような私なりの活動(?)をしていて、徐々に理解され、リハビリのお兄さんや機会のMEさんなど受験して仲間が増えつつあります。そして、医師からも最近、認められるようになり意見を患者さんのケア等について意見を求められるようになりました。

こんな感じでしょうか。

認定士になると、すぐに呼吸系のスペシャリストになれる!と思って受験する人もいるみたいですが決してそうではないということだけは、覚えていてください。

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不思議な現象~死亡診断書

病院というところは、時々、不思議な現象が起こることがあるみたいです。私自身は、鈍いのか、そんなにないんですけど、若いときに、不思議なことがありました。

深夜勤の午前2時か3時ごろです。すごく落ち着いた深夜勤で、先輩の看護師とそんなにしゃべることもなく、ぼーっとしてカタログみたり、カルテ見て、看護計画を見直したりしてました。そのうち、先輩はうつらうつらしかけて、

(起こすべきか・・・起こさぬべきか・・・先輩だしな。)

と、一人悩んでいました。落ち着いているし~と思っていると、急に先輩が

「久しぶりに○○さんきたね。3階に入院してるんだって」

と話しました。私は、

「え?誰も来てませんよ。先輩、寝ぼけてるんじゃない?」

と言うと、先輩は

「今、来たよ。病衣着てたし、入院してるんだって。あんたこそ寝ぼけてるんじゃない?」

と言われ、(???私、起きてたし。も~)と思ってると、

『すみません。死亡診断書余ってない?急にステ(患者さんが亡くなられる事)があって』

と3階の看護師がやってきました。

「ありますよ~」とのん気に、先輩の寝ぼけ事件を忘れて、死亡診断書を渡していると、3階の看護師さんが、

『急に亡くなられてさ。さっき、○○さん。ここにも何回か入院してるよね?』

と言うじゃありませんか!私は、(ひぇ~何だったんだ。さっきのは)と一人でドキドキしてると、先輩は

「あ~会いに来てくれたんだ。そっか~亡くなられたんだね。」

と一人でブツブツしゃべっていました。さすが、年の功(?)で怖くないらしいです。私はこの日の深夜勤は、(あ~早く明るくならないかしら)と、ドキドキしてました。

病院という現実的な場所でも、こういう不思議な現象はあるようです。あれから、何年かたったけど、やっぱり私は、怖いな~と思っています(^^;

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病院で死ぬということ4

ある患者さんが亡くなられました。

私が、就職した頃からずっと病院に通院したり入院したりを繰り返していました。いろんなところに癌がありながら、割と初期に見つかり、手術をしたり治療したりしていました。

割と無口な人だけど、違う病棟に入院していてもエレベーターなどで顔を合わせると、必ず挨拶するような人でした。

そして、とうとうかなり具合が悪くなり、うちの病棟に入院してきました。今まで、いろんな病気をしながら乗り越えてきたので、家族は出来るだけのことはしてほしいと、人工呼吸器まで着けました。

やはり生命力の強い人なのか、一旦もちなおし、喉に穴を開けて(気切)息をしなくてはいけなかったけど、人工呼吸器からは離脱しました。気切をしているので声がでないので、あれだけ無口だった人が、いつも身振り手振りで会話してました。

どうしてもわからないこともあったりして、怒らせたりして、私たちは、なんとかこの患者さんと会話したくて悩んだりしました。でも、やっぱりいい方法がなくて、この患者さんを何度も怒らせました・・・

そうして、けっこう長い事入院されて、徐々に具合が再び悪くなってきました。いつも、奥さんが付き添い、具合が悪いながらも夫婦喧嘩したりしながら過ごしていました。

私たちは、本当に長い事、この患者さんと関わってきたので、

「あの患者さんが死んじゃうと泣くかもしれない」

と誰もが言っていました。

その患者さんは、長い事、同じ病室にいて、いつもその部屋に入ると、(おい!おい!)と手招きして、用事がすんで退室するときは、(バイバイ)と手を振る事が日課になってました。気切をしてからのほうが、声は出ないけど随分おしゃべりになり、感情を表出したりされた気がします。

そして、とうとう私が夜勤のときに、やはり無口な感じで、静かに奥さんに見守られながら亡くなりました。

私たちは、すごく泣きたかったけど、気丈に頭を下げて回る奥さんの前では泣く事ができませんでした。奥さんは、介護を長い事されていたので、やるべきことはやったという感じでした。

それから、しばらく日がたったけど、今でも、あの病室に行くと、(おい!おい!)と手招ききてるようで、そして、癖なのか、まず、あの患者さんのいたベッドに目がいってしまいます。もっと、怒らせずに会話できなかっただろうか?本当にこれでよかったのだろうか?と思い返したりしながら。

病院は、特に、看護師は年数がたち、何人も亡くなる人を見送ると、慣れてしまうという人がいますけど、私は、そういうことはないと思います。何もしてあげることが出来なかった思いで忘れてしまいたくなるようなつらい気持ちにはなるけれども、慣れてしまうわけではないと思います。

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ナイチンゲール

子供が、毎週、幼稚園で本を借りてきます。いつもは、迷路の本とかシンデレラとか借りてくるのに、今回はどうした事か

「こどもでんき ナイチンゲール」

というものを借りてきました。恐らく母の私が看護師なので先生が選んだんでしょうか?

読んで~読んで~とあまりにせがむので、読み聞かせをしました。けっこう、長い文章の本なのに、一生懸命聞いている様子でした。

(わかってんのかな~)

と思いつつ読み進め、いよいよナイチンゲールがクリミア戦争の野戦病院に赴き、不衛生な病院をどんどん改革を進め、いわゆる、今の看護とはという基礎の部分を作り上げた場面にでてきました。

(あ~そうそうこういう人だったんだ。忘れてた。環境整備からこの人は看護を始めたんだよな)

と思いつつ、読み進めていると、子供が一言

「お母さん、すばらしい仕事だね」

と言いました。子供の素直な心にビックリし、また、感動しました。

今の私は、この子供に「すばらしい仕事だね」といわれる仕事をしているだろうか?とちょっと反省しました。ただただ忙しくて、ぶ~ぶ~文句を言ってみたりして・・・

私も、子供の頃、親にこういう「こどもでんき」を買い与えられ、夢中で読んでいました。とくにナイチンゲールが好きだったわけではないけど、家の隣に住んでいたお姉さんが看護師さんで、やっぱりすばらしい仕事だと思ったものです。

子供のこの素直な気持ちに恥ずかしくないような仕事をしていきたいものです。

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看護学生さん

看護学生さん達が最近きてます。

若い人とか中年の人とか年齢はバラバラで最近は男性もかなり多いです。

私たちの頃って学生というと看護師さんたちのいじめの対象みたいな感じで、きっと看護師さんたちは学生をネチネチといじめて、ストレス解消してたんだなって思います。今になってわかるけど、意味不明なことで怒られたり、それは違うでしょっていう感じのところで怒られたりしてたので。実習内容で予定したいたこともさせてもらえず、ふら~ふら~と病棟内をさまよってました。

最近は、看護師不足のせいでしょうか?学生さんにすごく優しい!みなさんが!

あなた達、本当はキツイ性格でしょ~って人まで、「これしてみようか~」と猫なで声で優しいです(^^;

そんな学生さんたちなので、のびのびとされてるようです。恵まれてますね~のびのびし過ぎて、「オイっ!」ってときもありますけど。

最近の学生さんは、いろんな人がいるので、教えるほうも面白いです。おじさんやおばさんなど、昔から病院の仕事したかったけどできなかったっていう人は、やっぱり真剣だし、若い女の子は、明らかに医者狙いだなっていうケバケバしい化粧も人もいるし。そうかと思えば、カッコイイ男の子とかもいて、看護師じゃなくても仕事あるでしょ~と思う人もいるし。

まあ、とりあえず、学生さんたち、実習は看護師生活のスタートでしかありません。でも、この経験が、本当に看護師になったとき生かされると思うので、がんばってくださいね(^^)/

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たまにはダンナのことでも・・・

ダンナはメタボです。

そして、ナースの妻は私の身勝手な統計によるとダンナを放置しがちです。そして私も・・・

実は、かなり前から、ダンナが「ねえねえ、足の指痛いんだよね~ねえねえ。」と言っていました。毎日のように仕事で病人相手なので、家に帰ってきてまで、こんな感じでは、「もういや!」と思い、ついつい「あっそ。大丈夫。水虫じゃない~」という感じで流してしまいます。

しかし、最近になって、裸足でウロウロするダンナの足を見てみたら、ぷっくりと親指の付け根が赤く腫れているではありませんか!

そう、痛風です。

こうなると大変です。「あなた、肉とビールばっかりだからこうなるのよ!」と、放置していた自分をすっかり忘れて説教していました・・・

ナースの家族は割りと放置されがちのようで、先輩方にもこんな風な事を言ってた人がたくさんいました。そして、大体は、普段放置の癖に、なにか病気になるとグチグチ言うみたいです。

ダンナは、よく「会社では、奥さん看護師さんか~やさしくていいな~って言われるけど、実際は全然違うな・・・」と言います。そんなもんです。仕事でずっと病人相手なのに、家に帰ってきてまで病人の相手をしたくないっていうのが本性です。

けっして愛情がないわけではなく、まぁつかれてるんでしょうか?(←イイワケ)よくこんな私にダンナが耐えてるな~って思います(^^;

奥さんや彼女がナースの人!自分が優しくされるんじゃなくて、優しくしてあげてくださいね。

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命の重さ3

命の重さは、誰でも同じと言いたいけど、これほど重い命があるだろうかと思った事がありました。かなり前の出来事ですが、やっと文字にすることができそうです。

その患者さんは、たしか30歳代の女性でした。

毎日、吐いていてつらいつらいと言っていました。どの病院に行っても原因はわからず、近くの小さな総合病院に救急搬送されてきました。

そして、検査の結果、体中に癌が転移していました。おそらく、わかりにくいところに原発があり、若いのであっという間に転移したのだろうとのことでした。

私と同じ年代のこの女性が気になっていましたが、違うチーム(2つのチームに病棟内が分かれています)なので、そんなにかかわることもありませんでした。

でも、ある夜勤のときに、ナースコールで訪室すると、やはり吐いて苦しんでいました。背中をさすり、しばらくそばにいました。

「なぜ、こんなに吐くようになるまで病院に行かなかったの?」との私の問いに(この時は、私は違うチームのため、くわしい病名は知りませんでした。なんて無神経な質問をしたんでしょう・・・)

「子供とかダンナの面倒で、なかなか行けなかったの。気がつくと、こんなに痩せて、吐いてばかりでおかしいなと思って。いろんな病院には行ったけど、子供のこととか気になって入院は嫌で・・・」

と言いながら骨と皮になった体を撫でていました。子供が同じ年代と言う事で、こんな会話の後には、あそこの小児科はダメだとか、実は、うちの病院の小児科もちょっとね~などと対したことのない会話で、笑いあっていました。

そしてナースステーションに戻ると、若いチームの看護師が

「私、あの人の笑い声ってはじめて聞きました。病気のことばかり聞いてたからですね。先輩、実はあの人、体中、転移してて、でも本人は病状知らなくて、私、どうしてあげたらいいか」

と言いました。そんなことも知らずに、会話してた私ですが、「この年代は、やっぱり子供やダンナのことってすごく大事に思っているから、そういう会話って好きだと思うよ」と、衝撃をうけながらなんとかアドバイスしました。

それから、その女性とは会話をすることも多くなり、かかわることもありました。吐き続けて体がかなりつらいだろうけど、子供の授業参観に行きたいとのことで、車椅子で送り出したりしました。

子供たちがお母さん大好きっ子で、常に面会に来ていて、いつも子供の声がうるさいのではと気にされていましたが、私たちはもちろん面会制限はせず、この女性の部屋を病棟の端の個室に移し、隣の患者さんも、寝たきりのうるささを感じないような患者さん(←ごめんなさい)にしたりしました。

何も治療をしていなかったわけではなく、医師は、どこかいい病院がないかと必死で探していました。私たちのような小さな病院では治療に限界があるからです。その医師も同じ年代で、他人事とは思えないのではないかと思うほど必死でした。この医師のあんな必死な様子ははじめてみました。

そして、治療を受け入れてくれる県外の病院が見つかり、その女性は、治ると信じて、そして病状は知らないまま、ダンナさんと子供たちと一緒に転院していきました。

この時、担当医師がくやしそうに「新しい季節を迎えれないかもしれない」とぼそりとつぶやきました。

そして、誰の心にもおそらく気になったまま、新しい季節がきて、しばらくして、その女性のお葬式を知らせる看板が町にひっそりと立っていました。

その看板を見て、誰ともなく、朝の引継ぎのときに「亡くなられたんだね」と言っていました。

このときほど、病院が神様であってほしいと思った事はありません。あのお母さん大好きな子供たちと、無表情なダンナさま(たぶん、現状を受け入れきれてなかったんでしょう)は、どうしてるんでしょうか。どうして、病院はなんでも治せる神様ではないんでしょうか?

ケラケラと大きな目をくるくるさせて、よく笑うかわいい女性でした。

私は、世の中のお父さんたちにお願いします。

忙しいからと言って、奥様のことをまったく見ないなんてことはやめてください。時々、ちらっと見てあげてください。お話を聞いてあげてください。

子供の世話をまかせっきりではなく、時々、時間をあげてください。

私が、こういう風に言ってあげることが、この女性と私が出会った意味のような気がします。

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命の重さ2

世の中はゴールデンウィークのようです。

病院は、もちろん年中無休なので普通に私は仕事です。今日もさっきまで仕事して帰ってきました。

私の働いている病院の地区だけかもしれませんが、最近、ちょっとな~と思う事がたびたびあります。

内科病棟なので、亡くなられる方も多く、多くの患者さんが高齢者です。そして、高齢者なので入院するとなると、割と重症化することがあります。

最近、目に付く家族構成が、「年寄りと働いていない息子や娘」という構図です。そして、その高齢なお父さんやおばあさんが入院すると、昼でも、夜でも見にきます。なにをするでもなく、生きてるか死んでるか見て、洗濯物を持っていきます。患者さんに声をかけたり、さわったりもせずに。

そして、こういいます。

「死んでもらっては困るからな。しっかり見とけよ」と。

そういう家族は、たいがい無職で、高齢なお父さんやお母さんの年金で暮らしています。だから死んでもらっては困るんです。昔の公務員だったり、戦争未亡人だったりすると、年金がいいらしいのです。

そういう人は、たいがい患者さんが重症化すると、怒鳴り散らし暴れます。

「訴えてやるぞ。何してたんだ。」と。

私たちは、何でも治せる神様でもなく、病院は、治らない病気の人も、年が若返るような魔法の場所ではありません。

今日の新聞に、医療者が患者やその家族から、暴言や暴力を受けると書いてありました。まったくその通りと、うなずきながら読みました。

こういう実情もあるのです。

補足ですが、こういう患者の家族は、本当に患者さんが具合悪くなると、財産を変更する書類を持ってきて、診断書を書いてといってきます。こういうときは、低姿勢に早変わりします・・・

前に、命の重さというブログ(11月5日です。)を書きました。

「生まれたての赤ちゃんと老人は命の重さは一緒って言いたいけど、やっぱり違うんだよ」と言われた医師がいました。

でも、ある意味、高齢者も重い命なのでしょうか?

そして、私たちは、こういう家族に「訴えるぞ」と脅されながら、ケアし続けるのでしょうか?

この患者さんの存在価値は、何なんでしょうか?

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そうじ力?盛り塩効果?

あまり書くほどでもないんですけど、あまりにも仕事が忙しく現実逃避気味の報告です。

ここ数ヶ月、そうじ力という本を読んで、実践してきました。その本は、要するに、掃除をすると幸せになれるよ~、運が向いてくるよ~みたいな事が、最初の「シンデレラも白雪姫も掃除をしてたからセレブになれた。」みたな出だしから始まり、延々と書かれてます。延々という割りに、割と薄い本で読みやすく、なんとなく「なるほど~」と思ってしまえる不思議な本です。

それと、沖縄の友達が、こまめに盛り塩をしていて、どうも沖縄では、普通にしてるとやらで、沖縄に憧れている私は、真似事で盛り塩なんぞしてました

そういうことをするようになって、自己満足かもしれませんが、なんとなく運が向いてきたよ~な気がします。

まず、私の仕事が忙しい!なんだか、よくわからない重要な役割が次から次へと割り当てられてます。ここ最近・・・あと、私のやった研究をどこかに出すとやら(←のんびりしててよくわかってないんです。)。そうなれば、さらに忙しいです。あと、思ったより、給料があがっていたことでしょうか。

あと、ダンナです。本人曰く「企画部長」になって、なんかよくわからないけど、忙しいらしい。それは、どうも本当らしく、今月から給料がいっぱい上がってました。

こんな感じです。改めてこう書いてみると、やっぱりなんとなく効果があったような気がします。

ダンナは、「そうじ、そうじって騒いで、掃除してるけど、なにかあった~?」と、のんびりしたもんです。

もし、最近、なんかついてないな~という人がいたら、お試しくださいね。

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たまには子供の事でも…

病院の出来事もいろいろあるけど、たまには、子供の事でも書いてみます。

私には、2人子供がいます。昼、夜、夜中とかなり不規則に仕事をしていて、家事は、ばーちゃんにほとんどお任せ状態で、あまり主婦らしい事はしていない私です。

子供も、私がいないことは、当たり前~みたいな感じで、

「今日は、深夜?ふぅ~ん、じゃあ、朝帰ってくるね。」

ってアッサリしたものです。しかし、やっぱり、2歳と5歳です。夜勤明けを理解できないので、深夜終わって家に帰ると、

「さぁ~何して遊ぼうか!」

と待ち構えています。お母さんは、夜、寝ないで働いてるんだよ~と言ってもわかるはずもなく、ぼーっとしたまま、遊んでます。ウッカリ、うたた寝なんてしてしまうと、家中、グチャグチャ、壁に落書きなんてことも何度か・・・(^^;

今日も、今朝の2時ごろに帰ってきて、朝は普通に6時に起こされ、ボーっとしてました。いい天気だし、子供を庭に放し飼いで、さらにボーっとしていると、気がつくと、子供達がこの寒いのに水浴びをして、全身びしょ濡れじゃありませんか!

風邪でも引いたら、私が仕事中、子供の面倒をみているばーちゃんに嫌味言われる!しかも、今、子供の風邪ぐらいで仕事を休むと、絶対、呪い殺される(←誰に?)と思い、慌てて子供を家の中に入れました。

怒ってばかりの私ですが、子供はやっぱり寂しいのか、私が休みの日は異常に興奮して、遊びまくる傾向にあるようです。

世の中の看護師さんで、お母さんの人は、どうやって夜勤明けなど乗り越えてるんでしょうか???

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4月の病院

私は、いつもこの時期に思う事があります。

それは、4月に入院するもんじゃないな~ということです。

理由は、察しの通り、新人がやってくるからです。でも、最近は、新人にすぐ何か医療行為をさせるというところは、ほとんどないと思うので、医療行為が危ないということではないのです。

恐らく、田舎の病院は、ここ数年看護師不足です。若い看護師さんは、みんな都会に行き、私たちが働いているような田舎の総合病院は人手不足です。だから、定年や忙しくて嫌になって辞めてしまった看護師さんの代わりに、4月に新人がやってきます。

ベテランが辞めて、新人がやってきます。人は増えません。

そして、世の中の流れで、新人にあれこれ、すぐスタッフの一員になるように教えると、リアリティーショックで辞めるやら、詰め込み過ぎやらで上の人たちから怒られます。

でも、3月までは、例えば、日勤8人で仕事してたとして、4月からは新人入れて8人になるので、実質は6人で仕事する事になります。

1ヶ月は、ヒヨコちゃんのプチナースはただただ見学や患者さんのコミュニケーションなど学生さんみたいな感じです。

そして、普通のスタッフは、ヒヨコちゃんナースを教えながら、しかも!ドクターまで代わって新しいドクターになると、そのドクターの相手もして、実質スタッフが少ないので自分の仕事は山積みでてんてこ舞いです。

こんな時に、入院した患者さんはなんとなく看護師さんの忙しそうな姿に気を使っちゃうよ~みたいな感じで、何か物を頼むときは、非常に申し訳なさそうです・・・すみません。

ヒヨコちゃんナースに詰め込みをしない事には賛成ですが、ならば、もっと人を雇ってくれよ~と思います。ヒヨコちゃんナースまで学生さんのように気を使っちゃってます。

看護師の仕事は専門職でサービス業だと思います。世の中の来院や入院される患者さんは、優しく、暖かく、ときに厳しい・・・みたいな看護師さんのイメージでやってきます。看護サービスを提供する以上、このイメージを壊してはいけないと思いますし、そういうイメージを壊さないようにサービスを提供するのがプロだと思います。そして、常に一定のサービスでないとダメだと思います。入院費などのお金をもらう以上は。

例えば、飛行機に乗って、キャビンアテンダントさんが冷たかったりしたら、え~なんで~って思いますよね。それと一緒です。

だから、4月はなんとなく病院が忙しくて、入院するもんじゃないなんてダメなんですよね。

常に、よい看護サービスが提供できるように人を増やしてほしいものです。ふぅ~

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呼吸療法認定士のお仕事~リラクゼーション~

私は、第10回呼吸療法認定士の試験に合格しました。しかし、知識、技術に今一つ自信がなく、なんとなくこの2年ほど過ごしていました。院内に私一人しかいないこと、周りの期待もあるわりに、自信が持てずにそ~っと日々を過ごしていました。

セミナーに何度も参加するうちに、呼吸療法認定士を目指しているリハビリのお姉さんに出会いました。セミナーでお互いにマッサージや呼吸介助、リラクゼーションの練習をしました。リハビリの人は、常に患者さんに触れているせいか、そのお姉さんの手やマッサージは、痛くなくほどよい力加減でリラックスできるものでした。

私は、このリハビリのお姉さんのマッサージの感触が忘れられず、これを看護に生かせないものかと思っていました。

先日、肺炎にて入院した患者さんが、急性増悪し、著しい酸素飽和度の低下がみられた患者さんがいました。意識は、はっきりし、年齢の割りに認知もなく、人工呼吸器を装着すれば少し良くなるだろうけど、離脱できないのでは、と病状説明され、家族は迷っているところでした。(高齢ということもあり)

私の勤務の時に、酸素10ℓ投与されていましたが、酸素飽和度は70台に低下し(正常は、ルームエアで99~100%)、しかし、意識は鮮明で、呼吸困難感が強く、生殺し状態でした。呼吸介助してもなかなか良くならず、苦しんでいて、パニック状態でした。その時、思い出したのが、リハビリのお姉さんのリラクゼーションマッサージでした。

呼吸で使用する筋肉をゆっくりとマッサージして「吸って~はいて~」と呼吸を促していきました。患者さんはパニック状態から徐々に落ち着き、酸素飽和度も90台まで上がってきました。実は、このまま、最悪の状態になるのではないかと、私の方がパニックだったのですが、楽になった患者さんから

「ありがとう。ありがとう。死ぬかと思ったんだ。」

と息が苦しいのに、一生懸命話してくれました。そして、はじめて、こういうことをしてもらった、うれしかった、泣いていました。

私の覚束無いこんなリラクゼーションでも喜んでくれて、他の病院みたいな認定士として派手なことは出来ないけど、これも十分看護だと実感しました。

今日、夜勤のとき、久々にゆっくりこの患者さんと関わることができ、リラクゼーションマッサージをしました。この患者さんからは

「あんた、2回目だね。覚えてるよ。ありがとう。」

と、言われました。手の感触を覚えていたそうです。リハビリのお姉さんのように、すばらしくは出来なかったけど、少しはリラックできたのでしょうか・・・

私は、まだまだ人を指導したりは出来ないけど、看護でこの認定士の知識や技術を生かせていけたらな、と思っています。

この患者さんは、現在NPPV装着(非侵襲式人工呼吸器)し、状態は安定し、離脱に向け呼吸リハビリし、快方に向かっています。

そして、今年、何人か呼吸療法認定士の試験を受けるスタッフ(リハビリのお兄さんなど)がいて、仲間が増えそうです。

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病院の天下り!

どんな会社なども、今の時期は、勤務移動の発表の時期ですよね。

私もダンナが転勤族のときは、「今度は転勤か・・・どこかな・・・」などとダンナよりもきっとドキドキして過ごしていました。

病院という所も、勤務交代という移動があります。ひとつの建物の中で、しかも、同じ看護師の仕事ならどこの部署でもいいじゃんと思われるかもしれませんが、いえいえ、そんなことはありません。

が多い職場です。人間関係も複雑です。

上の人との繋がりやら、仲良しグループやら、結構たいへんなんです。ドラマのナースのお仕事などは、大げさだけど、あんな感じですね。意地悪な人や嫌われちゃうと陰口とかもすごいです。

こんな職場ですから、上司に嫌われると、転々と勤務場所を変わったりするんですよね~

若い子なんかは、意地悪な人が多い部署になると、胃潰瘍になるんじゃないかというくらい悩んでます(T.T)一日の半分以上、それに夜勤になると、嫌な人とも2人っきりなったりするので、本当にこの勤務交代って看護師生活の死活問題です。

それと、同じ看護師の仕事でも、内科系や外科系などにより、仕事内容が全然違います。医療というものは、いつも同じわけではなく、常に進歩しているので、ん年前に外科系にいたからって、今度も同じ仕事や内容という訳ではないので、これまた大変です。勉強のやり直しになるんですね・・・

こんな訳で、今の時期は、看護師さんもソワソワです。

この間、うちの病院も発表がありました。私は、移動はなく、今のままの部署でした。私は、今の部署が、もう何年にもなるので、そろそろ移動かなと思っていました。移動がなくて、ほっとしてる半面、内科系しか知らなくなっている自分に不安も感じています。

そして、もう一つ。最近の傾向です。

中央の病院での師長さんとかが、私達の小さな町の病院に派遣されて、偉そうにしてます。そして、今まで、病院のために働いてきた師長さんたちを差し置いて、どんどん偉くなっていきます。結局、中央の病院でそれ以上昇進できないおばちゃん看護師がきて、中央の病院は、若くて働きのいい看護師さんを雇ってるんでしょうね。そして、うちみたいな、中規模の病院には、若い子はなかなか来てくれなくて、いつも人手不足なんです。

おばちゃんの偉い人ばかりが来て、管理の仕事ばかりして、若い子や私みたいな中堅にしわ寄せが来て、仕事がすごく大変です。万年人手不足状態で、より良いサービスを・・・と求めるのは、何かおかしい気がします。

看護師界の天下りなんでしょうか?

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病棟の色

病院というところは、ひとつの建物なのに、中に入ると、各病棟がまるで別の病院のように色が違います。

わたしの働いている病院の例ですが・・・

まずA病棟、産科と内科が一緒になってます。やはり命の生まれる場所のせいか、ほわっとしたやさしい雰囲気です。なんだか空気まで透明感があり、働いているスタッフの優しい人に見えます。この見えますっていうのがミソです。本当は、すご~く怖い人やキツイ人もいます。

しかし、何故かそういう人までA病棟にいるとピンク系とかのパステル系に見えてきます。

次は、B病棟、外科系です。整形外科とかまぁ手術をするぞっていう関係ですね。ここは、割とみなさん元気な人が多い印象です。みんな歩いているし、話をするし。さわやか~時々、骨を折ったかっこいい若者もやってきたりして、仕事がんばるぞって感じです。ついでに言えば、割と、外科系の医師のかっこいい人に当たる割合が高い気がします。スタッフも若めでテキパキって感じです。いわゆるテレビで見かけるようなナースのイメージかもしれません。楽しく会話して、ケアもするという感じです。そして、患者さんは退院する時は、完治し元気に帰っていきます。

朝陽のあたった透明感のある白という感じでしょうか。

そして、次はC病棟、私のいる内科系です。私のブログを読んでくれる人はわかると思いますが、よく人が亡くなる病棟です。内科系なので、どこか胸が苦しいとか、せきが止まらないとか、吐血とかいろいろです。老人ホームで具合が悪くなると、まずC病棟に運ばれてきます。切って悪いところをとるとかいう外科系と違い、なかなか治らず、時間がかかります。

なんとなく、どよ~んとした空気が流れてます。

あまり廊下を歩く人もいなくて、しゃべる人もあまりいません。半分ぐらい(以上かも)寝たきり患者なので、仕事も大変で、ナースは疲労しきって、しかも忙しくてという感じです。まるで、いいことなしみたいですが、いいこともあります。

まず、ケアのテクニックです。

どんな体勢でも洗髪できるし、患者さんに疲労感を与えず、すばやく清拭などのケアをするテクニックを身につけています。寝たきりの患者さんやベッド上安静の患者さんには、いいかもしれません。また、ケアのテクニックを身につけたい新人や学生ナースには、やることいっぱいです。患者さんとしゃべることもないし~とクラゲのように漂うヒマもありません。

忙しいから、すぐ先輩に呼ばれます。

あの、やることなく漂っている時間が一番新人にはつらいからね。

こんな感じでしょうか?

いよいよもうすぐ、また新人ナースがやってきます。もし、新人ナースさんが読んでいたら・・・え~内科系?やだ~と言わず、頑張ってみてくださいね。看護テクニックやすぐに患者さんを診て異常を判断できる観察のセンスは、新人でどういう看護をしてきたかで身に付くと思います。内科系は、言い方が悪いかもしれませんが、面白みに欠けるかもしれません。

しかし、いろいろなテクニックを身につける絶好の場所と思い、がんばりましょうね。

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2度目の過ち

2度目の過ちがありました。

Kさんという患者さんがいました。

Kさんと長男と嫁と三人暮らしでした。

入院したときには、発熱だけでそんなにたいしたことはなかったのですが、この発熱を機にもともと既往にあった心不全が徐々に悪化していきました。

私が担当看護師で、いつも私には

「あんた痛いことばかりする」

と憎まれ口をたたいていました。

そして、私以外の看護師には

「あなた、ありがとね~いつもありがとね~」

とかわいらしいおばあちゃんで、スタッフ間では、かわいい~と評判でした。

私自身は、かわいくないな~と心の中で思っていましたが、徐々に悪化するKさんが、初めて私に頼みごとをしました。

「私は、いつも来るあの夫婦と3人暮らしです。あの夫婦には子供はいないから、たった3人の家族なんです。この病院にきてから、1度も家に帰れない。1度だけでも帰らせてもらえないだろうか?死ぬなら家で死にたいんだよ。」

という内容でした。

今思うと、恐らく、徐々に悪化する体を本人が一番わかっていて、死期を悟っていたのかもしれません。

以前、ターミナルの患者さんが家に帰れなくて亡くなってしまったということがあったので、Kさんは、かならず外出させてあげようと思い、担当医に相談しました。

担当医も、たぶんこのまま退院はできない(恐らく亡くなられる)だろうとの見解で、外出には賛成でした。

家族も、もちろん外出させます、大丈夫です、との返事であとは、いつにするかというセッティングだけでした。

Kさんに外出の話をしようと思っていた前の晩に、状態が悪化しました。

家族、担当医、そして私も、なんとか外出できるように、良くなるようにと、ありとあらゆる薬を使い治療しました。

そして、意識のもどったKさんは、やはり

「家に帰りたい。どうして帰れないのか?」

と、胸水が充満して、おそらくしゃべる事もつらいであろうに、こう言ったのです。

家族と話し合い、すこし状態が持ち直したら、外出させよう、家を見せよう、となりました。

たとえ、それで息が止まり、救急車で病院にくることになってもいいから、と家族は言われました。

しかし、状態は持ち直さず、大好きなイチゴとお粥3口をお嫁さんに食べさせてもらった晩に、Kさんは亡くなられました。

家に帰りたいという意思が強かったのでしょうか?最後まで苦しみながらも意識はあったそうです。

私は、2度目の過ちをしました。

また、家に帰りたいという患者さんを帰してあげることができませんでした。

その人の一生の最後を家で迎えたいと思っているのに、かなえてあげる事のできない自分に無力を感じてなりません。

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病院で死ぬということ 3

久々のブログです。

けっこう、忙しくてなかなか更新できませんでした。

先日、一人の方が入院してきました。

当直看護師からのすごく戸惑っている声でその入院は始まりました。

「入院一人お願いしたいんですが・・・でも、すごく重症感があって、でも、よくわからなくて・・・?」

私「重症感?って重症?」

という感じで入院されてきました。

夫と娘が付き添いで、その入院してきたBさんは・・・・・

体が痩せ細り、目がくぼみ、髪の毛は伸び放題で、なんだか体からは悪臭がしていました。

50歳代なのに、もう80歳過ぎてるように見えました。

もう意識は朦朧状態で血圧も下がってきていました。

ぐったりしていたのは、Bさんだけでなく、2人のご家族もでした。

とりあえず、体中をキレイにして、重症の個室に入っていただきました。

家族のお話を少しずつ聞くうちに、Bさんは、直腸がんであり、とある病院でもう末期であると診断されたとのことでした。

手術など治療などの話をされましたが、Bさんが家で過ごしたいとの希望もあり、在宅療養して家で見取る覚悟だったとのことでした。

しかし、いよいよ意識がなくなると怖くなって救急車を呼んで病院にきたとのこと。

この病院にかかっていたわけでも、訪問看護を受けていたわけでもなく、カルテもなく、うちの病院が戸惑ってしまったっていう訳でした。

私は、かなり汚い状態できたBさんを見て、やはり、家で看護をするのは、難しいな・・・ドラマみたいなわけにはいかないのだな・・などと考えながら状態観察をしていました。

どんどん血圧は下がり続け、昇圧剤をつかうかどうかのいう選択になりました。

医師「血圧を上げる薬があります。しかし、必ず効くというわけではありません。いまの状況を(寝たきりの状  況)をただ長引かせることになるかもしれません。使用するかどうかは、家族の方が判断してください。」

夫「どうしようか・・・今のままなのもつらそうだ。どうしようか・・・やっぱり使おうか。」

娘「今まで頑張ってきたんです。使ってやってください。どういう結果になっても覚悟はできてます。」

そして、昇圧剤を使用することを家族は選択されました。

言葉は悪いかもしれませんが、かなり悪臭がして汚い状況のBさんを看ていて、どちらがいいのか・・・在宅か、病院か・・・などと考えているうちに、昇圧剤の効果もなく、あっという間にBさんは亡くなられてしまいました。

夫、娘「ダメか。まぁ、しょうがないな。がんばった。」

と、家族が泣き崩れるかと思いきや、案外あっさりした感じでした。

あれ?ちょっと変わってる人?と思ったりしましたが、娘さんに

「よくこの状態で家で看れましたね。がんばりましたね」

と声をかけると、いままでつらかったのでしょう。

急に、それまでは無表情で淡々としていた娘さんが泣くだしました。

そんな娘さんをみて、ダンナさんが

「本当に娘には迷惑をかけてしまった。仕事まで長期間休まして介護させてました。私は、こういう汚い状態で家内を病院に連れてきてしまいましたが、意識がなくなるまで毎日、顔を眺めていられて幸せでした。本当によかったと思います。いきなり病院に押しかけてすみませんでした。本当に、毎日毎日、家内の顔を眺めていたんです。」

とゆっくり話されました。

あっという間に、最後には、元気な人が退院していくかのように、笑顔の娘さんとダンナさん、キレイにお化粧したBさんが死亡退院していかれました。

なぜ、わざわざ遠いうちの病院にきたのかなど、なぞもありましたが・・・

私には、初めての体験でした。

一生の少しの時間をただBさんのためだけにに使ってあげた娘さんとダンナさんは、満足そうにさえ見えました。

大変な勤務でしたが、この出会いはとても貴重に感じられました。

私にはこんな風に愛する人が死にいくのを看ていく覚悟はあるのでしょうか?

こんなにやさしく患者さんを看護できるのでしょうか?

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看護師不足

最近、すごく看護師不足を実感します。

ギリギリの人数で仕事をまわし、自らが病気で倒れるなんてとんでもない状況です。

しかし、こんなときに限り、バタバタとスタッフがダウンしていきます。

しかも、すぐには治らないような病気になってみたり・・・

こんな毎日ですから、日勤なんて、朝に点滴を一回りして、オムツを替えて(内科病棟ですから)、バイタル(血圧とか体温ね)、入院がきたら、その日の担当患者さんに関わるのはおしまいです。

満足に看護もできないどころか、バタバタしていつミスをするか・・・状況です。

それなのに、看護職員は増えず、ただただ、上から「医療ミスは起こすな~」というプレッシャーをかけられます。

医療ミスは、起こしたくて起こすものではなくて、起こしてしまった背景があり、そのひとつに、人手不足もあるのに・・・

もちろん、医療ミスは、人手不足だからといって、起こしてはいけないものです!

でもでも、こんなバタバタと仕事をする中で、1年生ナースにミスをするなというほうが、無理な話なんじゃないかな~と思い始めています。

だから、私は、なるべく自分のいるときは、安全な仕事ばかりさせてしまいます。

こんなことでは、1年生が成長できないことはわかっていますが。

そして、もうひとつ。

私には、子供が2人いますけど、子供が風邪をひいても、すぐに行ってあげることができず、仕事優先みたいになってしまいます。

子供の看病もできないのに、心をこめて患者さんに優しいケアをできるはずもなく、一人悶々としてます。

そして、子供が肺炎になってるときも、ばーちゃんと旦那に救急病院に連れて行かせ、私は、夜勤をしてました。

こういったことを、考えると、総合病院にいては、家庭と仕事は、うまいこと両立できないのかもしれない・・・と考えて、辞めてしまいたくなることもあります。

看護師の仕事は、好きだけど、家庭を犠牲にしてまで好きではないのです。

世の中のお母さん看護師さんは、みんなそうなんでしょうか・・・?

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病院で死ぬということ2

私の担当患者さんが先日、亡くなりました。

90歳で、病院に診察に来たときは、もう胃がんの末期でした。

でも、ご飯も食べれるし、結構元気なので、本人の希望でギリギリまで、在宅でということで過ごしていました。

とうとう、食事が食べれなくなり、入院しました。

入院してからは、食事がとれれば退院できると信じて、一生懸命食べていました。

無理しなくてもいいよって言っても

「うまいよ。これぐらい食べないと」

と、すこしハゲた頭を気にして帽子をかぶりなおしながら、ニコニコ答えていました。

ミキサーのかかった不味いであろう食事なのに。

そして、こっそりトイレで吐いていることを私たちは知っていました。

でも、担当医と私が、話し合い「本人の退院に対する気持ちが強いので1回退院してみようか」ということになりました。

さっそく、家族に病状を説明し、「退院を・・」というと

息子「いえいえ、こんな癌の末期を家に連れて帰れません。死ぬまで、病院においてください」

医師「今しか、帰れないので、退院しましょう。」

息子「病院においてください。では、お願いします」

結局、退院できませんでした。

徐々に、病状は悪化し、個室に変わりました。

でも、認知症もなく、気丈な方で、いつも

患者「ありがとう。世話になってしまって」

と言っていました。

そして、震える手で一生懸命書いた手紙をもらいました。

「もうすぐ、正月です。1時間でいいので外出のお願いを主治医の先生にしていただけないでしょうか?わがままを申してすみません。よろしくお願いします。」

私は、家族になんとか車椅子ででも外出できることを説明しましたが、とうとう家族は外出すら連れて行きませんでした。

正月が過ぎて、どんどん悪化していく病状のなか、耐え難い苦痛を訴えるようになりました。

主治医と相談し、麻薬の導入になりました。

座薬の麻薬を挿入にいったとき、

「家族を呼んでくれ。もうすぐだ。本当に世話になった。ありがとう。まだ、大丈夫。」

と、かすれる声で言われました。

私は、

(ごめんなさい。あなたを外出すらさせてあげることができなかった。ごめんなさい・・・)

と心の中で、謝っていました。

麻薬の座薬を入れたとき、指に、どこかからの出血を思わせる真っ黒い便がべっとりと付いてきました。

(本当にもうすぐかもしれない。今晩かも)

と、思い家族に電話して、今晩は付いてあげるように連絡しました。

その日の晩、深夜勤務で出勤してきたら、ちょうど亡くなられました。

私が、出勤してくるのを待ってたかのように。

そして、家族がちょっと家に帰っていたうちに1人で亡くなられました。

私は、この方の看護ほど自分の無力さを感じたことはなかったです。

退院どころか、たった1時間の外出すらさせてあげることができませんでした。

本当は、家族に

「なんで、退院とか外出させてあげなかったんだよ~」

と責めてやりたい気持ちもありましたが、もちろんそんなこともできず、ただただ泣いてしまいました。

患者さんが亡くなり泣いたのは初めてかもしれません。

今でも、患者さんの書いた、外出を希望する手紙を見て、ため息をついてしまいます。

私の中では、まだこの方の看護が終わってないのかもしれません。

このように、家族が退院や外出を拒否したら、どうすればいいのでしょうか?

私には、まだわかりません。

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世界がもし100人の村だったら

とても久々です。

あけましておめでとうございます。

私は、実は、それどころではなく、子供が軽い肺炎になり、てんてこ舞いでした(T_T)

軽い肺炎なんだけど、肺炎は、肺炎です。

熱は、下がらないし、咳は止まらなくて吐くしで、こっちが泣きたくなる日々でした。

話は、変わり・・・・

本を買いました。

久々に。

「世界がもし100人の村だったら」という、とても有名な本です。

1度テレビで、たしか「世界一受けたい授業」かなにかでやっててすごく気になっていて、本屋でなかなか見つけられずにいて(見つけ方が下手?)やっと、昨日、見つけました。

内容は、多分、読んだことある人のほうが多いので、言いませんが、かなり考えさせられました。

でも、多分、考えるだけではダメで、きっと何か行動をしなくてはいけないのだろうと思います。

世界と自分とを比べて「へ~」って思うだけではダメなんですよね。

私に、何ができるのだろうか・・・と考えたけど、特にできることもなく、こういう本を子供に伝えていくことなんだろうなと思いました。

自分の存在がよくわからなくなったときに、読んでみるといいかもしれません。

とりあえず、私は、自分の看護師の使命として、病気で病める人を明日からも看護していこうと思います。

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帰化手続き

帰化手続きについて検索してきてくれる人がいるので、帰化手続きについて紹介します。

帰化手続きとは、私のような在日韓国人のような人が、法務局で申請し審査を受けることによって、日本国籍を取得できる手続きです。

いろいろ提出しなければいけない書類は、かなり多いですが、普通に生活していれば、割とすぐに用意できる書類です。

詳しいことは忘れましたが、納税証明書、運転記録証明書、各種免許(運転免許や看護師免許)、通帳のコピー、外国人登録証明書などです。

あとは、何かいろいろと記入して提出する書類もあったような気がします。

何度か法務局に行き、面接をして、担当の人と話をして、申請書の書き方など指導してもらい提出しました。

申請結果は、忘れた頃にまず電話で連絡がきて、法務局で

「申請が許可されました。」

と書いてある紙をもらいました。

そのあとは、市役所などで、名前の変更など各種の手続きをします。

・・・とこんな感じでした。

印象としては、田舎の法務局より都会の法務局の方が親切でスムーズでした。

田舎の法務局は、別に関係のないようなことを根掘り葉掘り聞かれ、挙句の果てに

「無理なんじゃない~父親もわかんないんでしょ?難しいよ。申請しないほうがいいよ。」

と言われました。

都会の法務局は、

「父親いないことは、べつにどうでもいいですよ。不明って書いておいてください。それよりも、ここの法務局より、A市の法務局のほうが、申請者が少なくてスムーズに手続きが出来そうだから、紹介しておきますので、そこに行ってください」

と言われ、本当に早く手続きが進みました。

田舎の法務局は、やりなれてないし、職員の面倒~っていう感じがすごくわかり嫌でしたね。

田舎の人は、お役所仕事っていう意識が強いのでしょうか?

その点、都会の法務局は、普通にお客さんって感じであつかってくれました。

今でも、とても感謝しています。

まあ、こんな感じでの手続きです。

何年か前のことなので、今はもう少し変わってるかもしれませんけど・・・

わからないこととかあれば、何でも聞いてくださいね。

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胃ろう?それとも経口摂取?

私の働いている病院は、2タイプの医師がいます。

ひとつは、よく誤嚥性肺炎で入院を繰り返すような患者さんには、すぐ胃ろうを作る医師。

胃ろうとは、おなかに穴を開けて、管を通して高カロリーの経腸栄養剤を入れます。

最近は、結構、こういう患者さんは多くて、在宅で看ておられる方の多くいます。

もうひとつは、ギリギリまで経口摂取でがんばる医師です。

もちろん、誤嚥性肺炎を繰り返し、何度も入院してこられます。

この医師に、

「すごくムセます。食事どうされますか?」

と、絶食を匂わす状態報告をしても

「口から食べなくてどうする。人間らしくしないと。」

と言われます。

どちらがいいのでしょうか?

胃ろうの人は、しゃべることもなく、ただおなかの管から栄養剤を入れられます。

多分、胃ろうという方法がなければ、この世にはいなかったか、CVCでずっと病院にいなくてはいけなかったかもしれません。

いつまでも、経口摂取する人は、肺炎を繰り返しますが、お話をしたりして結構、人間らしいような気がします。

食べれない~ムセる~と家族や私達をイライラさせたり、ドキドキさせたりしながら。

どちらがいいという方法は決めれません。

でも、最近、亡くなっていくいろいろなタイプの患者さんを看ながら、私は、人間らしく生きたいな・・・と思ってしまいました。

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ターミナルケア

先日、肺がんの患者さんAさんが亡くなりました。

ずっとCOPD(慢性閉塞性肺疾患)に苦しんでいて、在宅酸素を導入していました。

どこかの会社の偉い人らしく、いつも個室にはいり偉そうにしていました。

最近になって、何度もCOPDの急性増悪を繰り返し、入院し、レントゲンで怪しい影があり、いろいろな検査をして肺がんとわかりました。

告知はされていませんでしたが、やはり会社の偉い人で頭のいい人、また、長い間のCOPDの闘病生活で、いつもと違う病状に段々、「癌ではないか?」と察していた様子でした。

私が呼吸療法認定士になった理由は、「苦しむ患者さんにナースでもなにかできることがあるのではないか?知識とテクニックを身につけたい」という理由でした。

Aさんは、いつも口すぼめ呼吸の形をした、肩呼吸をしていました。

もちろん、間違っているんですけど、私の中にも、多分、A氏の中にも「いまさら」という部分があったのか、よく接するうちに「まあいいか~」みたいな雰囲気になってきました。

私が、深夜の日は、朝、いつも酸素ボンベを持って「おはよう!朝からご苦労さん」と私達の仕事始めを笑顔でナースステーションから見守ってくれていました。

私の唯一、自信のある手技のリラクゼーションマッサージ(呼吸筋をほぐしてあげる)を、いつも「ありがとう」と受けてくれました。

その、Aさんは、いよいよ骨に転移し、痛みを訴えるようになりました。

そしてすぐ、麻薬が投与されて、きつい麻薬のため動けなくなってしました。

いつもの深夜の「おつかれさん」という言葉がなく、ただ、ぼーと天井をながめてるだけになりました。

そして、一度、ナースコールがなり行ってみると「なんだか、息がしにくいような気がする。」と訴えました。

医師に報告するけど、「苦しくないのなら、そのまま様子みて」とのこと。

その数日後に、A氏は亡くなりました。

家族が、できるだけの延命を希望され、人工呼吸器や心臓マッサージをされて、体を痛めつけられて。

私は、もっとA氏にしてあげることがあったのではないかと、思っています。

もっと医師にしつこく状態報告して、きつすぎる麻薬を減らしてもらうことができたのではないか?

あれだけしっかりしていた人なんだから、告知されていれば、自分で予後の生活を、また延命について選べれたのではないか?

結局、なにかできるかもと取得した、呼吸療法認定士は、役立ってないではないか?

私は、自分の無力さを痛感しています。

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酔っ払いのダンナ様帰宅

今、酔っ払いのだんな様が帰宅です。

といか、田舎なもんで電車もなく、タクシーや代行を使うには、遠い職場の飲み会だったので、私が車で迎えに行きました。

今、床で、「あ~」とか「う~」とか言いながら、のたうちまわってます。

今日は、このまま放置で私は寝ようと思います。

寒くなったら、布団にはいるでしょう~

いよいよ、呼吸療法認定士の試験なんでしょうか?

受験する方、がんばって下さいね(^^)/

私、最近、口腔ケアに興味があります。

呼吸療法認定士になって、いろいろな患者さんみてると、高齢者の誤嚥性肺炎がすごく多いんですよね。

適正なマウスケアや食事介助で防止できたらな~って思っています。

スペシャリストの方いませんか?

高齢者の口内の乾燥と誤嚥で悩んでいます・・・

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聴診器届きました

先週、注文した聴診器が届きました。

先週の金曜日の夜に注文して、ネームまで入って、はやい配達ですごくうれしかったです!

グリーンってどうかなって思ったけど、若草色っぽくてすごくかわいくて、よかったです。

さっそく、自分の肺胞呼吸音を確認。

「う~ん。クリアな音だな~」

と、夜中に一人で遊んでました(^^;

いつも使っていたン千円の安いのより、やっぱりリットマンはいいですね。オススメです。

呼吸療法認定士を目指している方の試験はもうすぐなんでしょうか?

うちの病院は、私一人しかいなくて、今年、リハビリのお兄さんが一人受験する予定です。

とくに病院でこれといった活動もしていなく、病棟の勉強会ぐらいなので、突然、スタッフやドクターから何か訊かれると、オロオロになっています。

去年の今頃は、毎日、勉強してたのに、受かってしまうと、気が抜けちゃうんですよね~

試験自体は、テキストをしっかり読んでいれば、大丈夫な内容だったので、今年、受験する方はがんばって下さいね(^^)/

あと、いま、呼吸療法認定士の方は、どんな活動されてますか?

ほかの病院って気になります。

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仕事しばらく休むって・・・心の病

同じ病棟のナースが、心の病とのことで、しばらく休むことになりました。
勤務交代してきて、ず~っと救急にいたので、うちのとこみたいな、半分療養型みたいな病棟は合わなかったみたいです。

確かに、半分以上、オムツだし、仕事の半分以上は、言い方悪いかもしれないけど、老人ホームみたいな介護の仕事ばかりです。
患者さんも目に見えて良くなるわけでもなく、なんとなく良くなったような感じで、施設に帰っていかれる方ばかりで、なにをしているのかわからなくなったのかもしれません。

その気持ちはわからないでもないけど、心の病になるほど、嫌だったのかな~って思うとなんだかショックでした。

そして、そうなってしまうほど、最近の若い子って弱いのねと
思う自分もいました。
誰かが、仕事を休むと心配なのが、その子の夜勤などが、
自分に振り分けられるかということ。

今月の勤務、どうなっちゃうのでしょうか~



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聴診器買っちゃいました

聴診器、買っちゃいました。

呼吸療法認定士になって、まともな聴診器もなく、こっそり先輩のリットマンのを使ったりしていました。

でも、でも、もう看護師10年ほどしてるし、そろそろまともなの買おうって思い、注文しました。

ナース用のライトウエイトのあの楕円形がどうしても好きになれず、クラシックをさがしてました。

そして、ネットで、安い店見つけて、15000円のクラシックSEⅡが9800円!

ナース通販だとまともな値段なのですごくうれしかった~

リットマン 聴診器Classic II S.E. 2814 シーフォームグリーン

ネームも入れてもらうことにしました。

はやく届かないかな~

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帰化手続き~在日コリアンだったこと

今日は、深夜明けの寝ぼけた頭でいろいろ考えました。なんだか、こういう風に文字にすることの難しさとか、私の心の狭さなど。

私は、差別がとても嫌いです。

私は、在日コリアンでした。「でした」という表現は、帰化したからです。こういう田舎ですから、多分、普通の日本人では理解できないような差別を受けてきました。在日ですので、韓国に行ったこともなく、韓国語もしゃべれず、韓国にたいする愛情なんてありません。なぜ、私が、韓国籍なんだろ~っていう怒りすらありました。

その上、母子家庭であり、父親は知りません。そんな家庭でしたから、もちろん小学校では、イジメられ、先生には、「外国人で貧乏だけどがんばるのよ」と無神経な言葉もかけられました。こんな言葉を先生が言うなんて、いまなら大問題ですよね。

その頃は、母は、韓国人であるということを、私に隠していたので、「なんでわたしばかりいじめられるのだろ?」「外国人ってなに?」と思っていました。年頃になるにつれ、だんだんその意味がわかるようになり、差別を受けていたんだとわかりました。そして、なんとなく私は人と違うんだってわかりました。市役所に行けば、職員が永住証明書を見せ合って、コソコソなにかを話していたり、看護学校では就職場所がないと言われました。

見た目も、言葉も、多分心もその辺の日本人と一緒なのにどうしてダメなんでしょう?
これが差別です。

帰化したくてしたくて、法務局に行くと、「父親のわからないあなたは帰化できません」と言われました。あとになって、これも差別ということがわかりました。

なんてかわいそうな人って思う人もいるかもしれないけど、そうでもなく、そのうち理解してくれる友達に出会い、就職も公立の病院で正職員としてでき、今のダンナに出会いました。付き合う人が次々と在日コリアンであると知ったとたん離れていくのに、うちのダンナは「それがなに?それってなんか問題ある?」と言ってくれました。

そして、結婚して今に至ります。

私は、在日コリアンであるという差別で本当に苦しみました。子供ができ、子供が母親が韓国人といじめられるのが怖くて、帰化しました。そのときは、千葉県にいたので、千葉県の法務局でしました。

「父親わからないから、できないんですよね?」って言うと、そこの職員の方に
「できますよ!あなたに帰化したいっていう意思があるんでしょ?もちろん、犯罪者じゃないでしょ?問題ありませんよ。」
こんなに長く苦しんでいた帰化が、あっという間にできました。さすが都会です。

そんなこんなで今があります。

私も、今の幸せがだれかに壊されるのではないか、こんな私が普通の人生を送れるわけがない、きっとまた不幸になるんだって眠れない日々があります。(こういうのを、なんとかっていう病名があるらしいですね。)

なんだか長くなりました。読んでくれる人長くなってごめんなさい。なにか感想もらえるとうれしいです

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命の重さ

「例えば、生まれたばかりの赤ちゃんと88歳のおじいちゃんでは、命の重さは同じと言いたいけど、やっぱり違うんだよ。」

と一緒に働いている医師の言葉です。
私も、命の重さは同じだよと言いたいけど、実際はやっぱり違うかもしれません。

でも、最近、よくわからなくなりました。

Bさんというある病気の患者さんがいました。
たしか、80歳ぐらいです。最近まで、ヤキトリ屋さんをしていました。
体調が悪く、受診したら、もうかなり進行したガンでした。
認知症が強く、同居の家族は妻のみ。息子さんは、遠くにいました。
家族が望んだことは
「認知症がひどいので、もう自然のままでお願いします」
とのこと。

家族の同意を得て、あまり治療らしいことはせず、見守りの形となりました。
Bさんは、認知症があるので、なぜ、自分がこんなに浮腫むのか、体がだるいのか理解できませんでした。
でも、あるドレーンを入れると、浮腫みが取れ、オシッコがでて、少し余命が伸びます。
主治医は、悩みました。まだ、歩ける患者さんで、認知はあるけど意思疎通も可能です。
しかし、ドレーンを自己抜去されると出血が止まらなくなり、なおの事危険です。

家族は、
「そんな危ないもの入れないでください。別に、死ぬのが早くなってもいいんです。」
ドレーンも入れないことになりました。

Bさんは、「看護婦さん、なんでこんなにつらいんかね~?」
と浮腫む足をナデながら言っていました。
すぐに、データは悪くなり、腎機能が生きているのが不思議なくらい高値になり、カリウムも高くなりました。それでも、Bさんは、歩きまわりながら、「どうしてかね~?」と言っていました。
そして、ニコニコとヤキトリの話をしていました。

家族の面会もなく、ある日突然ひっそりと亡くなりました。

何か、処置をすれば、長くなる寿命を何もせず、亡くなられた。

本人が認知があるからといって、周りの私たちが命の長さを決めてもいいのだろうか?と考え出したら訳がわからなくなってきました。
そして、冒頭のある医師の言葉を思い出しました。その医師から聞いたときは、別になんとも思わなかったんだけど、このBさんに出会い、意味がわかってしまった気がしました。

命の重さはやっぱり違うのでしょうか?


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