香川のうどん

私は、一時期、ダンナが今の仕事になる前、転勤族の妻shineという今の仕事一直線とはかけ離れた生活を数年間していました。

いろいろ転々として、ちょびっとパートでナースをしたり、その土地を自転車で走っては楽しんだりしていました。

その中で、もう一度住まなくてもいいけど、死ぬまでに行きたいところ(←大げさsweat01)が香川県です。

とにかくうどんがおいしい。しかも安いです。確か5百円あればおなかいっぱい食べれます!コンビニよりうどん屋さんが多く、朝からうどん屋さんでうどんを食べて出勤という人も多くいます。最初は「えっ」と思いましたが、いつの間にか、私も時々、仕事に行く途中、朝うどんしてました。私の住んでいた高松は、街ながらこじんまりとして動きやすく、まあ、住みやすいところでした。

うどんは、ただ湯がいたうどんに醤油とショウガとネギ、もしくは、大根おろしというシンプルなのがオススメです。トッピングがいろいろ出来て、それがウリみたいな店もありますが、ゴチャゴチャしてうどん本来のおいしさが、損なわれるような気がします。

私は、生まれたところも違うし、香川にいたのも数年だったので偉そうな事は言えませんが、職場でうどんの会話になると、ついつい熱く燃えてhappy02しまいます。

好きな土地でしたが、唯一好きになれなかったところが、自転車天国というところです。とにかく自転車の人が多くて、しかも、歩行者に体当たりしてきそうな勢いで飛ばします。最初は、「なんてこわいところだ~」と商店街など歩くのが、恐怖でたまりませんでしたが、いつの間にか、私も、自転車を買い、その自転車天国に仲間入りしていました。まあ、こじんまりしているので自転車が都合いいんですよね。

香川は不思議な所です。いろいろ「えっ」て思うことがあって、いやだな~と思うこともありましたが、いつの間にか、香川人に染まってしまいました。

もし、香川に旅行される方は、自転車にぶつからないように注意しながら、ぜひ、醤油うどん(私が勝手に命名しましたgood)を食べてください。

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長崎原爆資料館

先日、学会で長崎へ行ってきました。時間がなくあまり観光というものはできなかったのですが、どうしても長崎原爆資料館へ行きたくて、学会を少しサボり行ってきました。

広島の原爆資料館は中学校の修学旅行で行ったけども、その頃は、それがどういうものかもわからずに見学した気がするので、大人になった時に原爆資料館はどういう風に見れるだろうかと思っていました。

長崎の原爆資料館は、新しく入館料も200円と入りやすい金額でした。玄関には折り鶴など平和を願うものが多くありました。長い広いスロープを降りると入り口があり、まず、長崎の原爆が投下される前の大きな写真がありました。そして、原爆が投下された時間の11時2分で止まった時計が展示され、破壊された教会などの復元された暗い空間がありました。そして、足元のテレビでは、原爆投下後の長崎の浦上地区の写真、それは、黒焦げの死体、焼け爛れた死体、変死した動物、何もない町の様子でした。

そして、さらに進むと原爆の原理などの説明と同時に頭蓋骨の付いているヘルメットや焼け焦げたお弁当、溶けたガラスのほかに、子供と母親らしき黒焦げの死体の写真や焼け爛れた子供の写真、全身熱傷の大人の写真(生きている)がありました。見るのがあまりにもつらく、気が付くと泣きながら見ていました。「どうして、こんなことをしたのだろうか?外国の人とくにアメリカ人はどういう風に見るのだろうか?」とも思い、まわりの外国人の方を見てみました。入り口では、ヘラヘラと笑っていた(よくこういうところでそう笑えるな・・・と内心思っていました)外国人の方も泣いていました。特に生き残った小学生の詩や絵のスペースでは、英語での書いているので、読んだ後、動けなくなっている方もいました。

そして、資料館は原爆の後遺症、現代の原爆の開発されている数、原爆を保有している国の原爆保有数、原爆実験になり、出口となりました。

ここで、どう感じ、どんな憤りを感じたり、原爆に対する無力感を感じたりは個人差があると思います。でも、私は、あの泣いていた外国人の方々に、原爆の怖さや自分たちが見た実際の写真を、ぜひ国へ帰って伝えてもらいたいと思いました。

いろんな国でどんなに原爆が開発され続けていても、唯一の原爆の投下された国として、原爆の恐ろしさを伝え続けるのがこの国の役目なのだなと思いました。

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